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@sinkin_shipのブログ

2017年上半期 観たもの聴いたもの

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去年の。

はやいもので、2017年ももう半分以上が終わってしまいました。
春ごろから、なんか妙にお金ないなあと思う機会が増えていて、振り返ってみたら観劇費がものすごい増えていました。びっくり。
でも目の前の公演をあきらめるという選択肢はないのである。

そんなわけで、2017年上半期の参戦・購入・鑑賞記録です。
増えたので今年は分ける。下半期も元気だったらやる予定・・・


1月

乃木坂46乃木坂46 SPECIAL LIVE 2017 at UNIVERSAL STUDIOS JAPAN®」

USJで乃木坂ちゃんが見られるなんて夢かと思った。
オルスタかつ、なぜか前方ブロックの方が高くてちょっと見づらいライブでしたが、年明け早々スヌーピーと戯れる乃木坂ちゃんを見られてソーハッピーでした。

ハロー!プロジェクトHello! Project 2017 WINTER ~ Kaleidoscope ~」

juice見てみたい!と騒いでいたら、ハロプロヲタの先輩に連れて行っていただけました。
アイドルパフォーマンスの頂点はここだなって感じで、もううっとりするほど素晴らしいライブでした。ここからわたしのjuice巡りがスタート。


2月

Goose houseGoose house Live Tour2017~はじまり、はじまりツアー~」

学生時代から好きだったGoose house推しメンの竹澤汀ちゃんが卒業ということで、最初で最後の参戦かなあ。
とにかく楽しかったし、全員が全員違う魅力あるボーカルで、生で聞けた感動がすごかった。SkyからのLOVE&LIFEへ続いていく流れが圧巻でした。
普段アイドルのライブにしか行っていないので、ナチュラルに恋ダンスを踊れる客層の若さとナウさ?(死語)が新鮮だった。

映画「虐殺器官

うーん、これは微妙だった。原作が好きだっただけに、原作から変わったとある箇所がどうしても許せない。ジョン・ポールの櫻井孝宏はよかった

映画「沈黙-サイレンス-」

橋本奈々未卒業コンサート

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この3つに関してはこちらで。

3月

映画「ララランド」

これが「今流行りの映画」か・・・!という感じの映画。
面白かったです。

乃木坂46インフルエンサー

2017年1発目のシングルで2017年のベストが出てしまった・・・というくらい、初聴きのタイミングから完全に心を奪われた名曲。
c/wも結構良くて、なかなか全体的に好き。
2度目の紅白終わって1発目、ここまで強気な曲を歌われたら堪らんな・・・

映画「ひるなかの流星

こういう映画をレイトショーとかで観に行くのが大好き・・・
良くも悪くも「少女漫画の実写化映画」のひとつなんだけど、その枠の中で最上級に王道を追求した感じでとてもよかった。
永野芽郁ちゃんが正義。

映画「PとJK

ほぼ同時期公開だったので、ひるなかの翌日に観に行ったんだけど、
こちらはうーん・・・?だった。たおちゃんは可愛い。

4月

Juice=Juice「LIVE AROUND 2017 ~NEXT ONE~」

初juice単独公演、しかもライブハウス公演!
ギリギリでチケットとって、整理番号ほぼ最後だったのに、いつもの女エリAブロくらいの距離感で見られて、しかもライブ終演後に「握手会あります」って言われて「!?」ってなった。すぎょい・・・しかも5人全員と握手できた・・・
愛のダイビングを踊る由加ちゃんがかわいすぎて綺麗すぎて、この日から宮崎推しになりました。

劇団四季「リトルマーメイド」

劇団四季5年ぶりくらいに観た。海の中と陸の違いを表す舞台演出がすごく面白かった。
でもところどころ訳詞が違ったのが気になってしまった。そこはディズニー版の方が好きかなあ。

Juice=Juiceリリイベ

朝起きたら「今日名古屋passeだよ!」ってかなとも様がブログ更新していたのですっ飛んでったの、2017年最高のフットワークだった。
屋上特設会場のあの環境でも「この間より進化してる・・・?」ってなった。Juiceは毎回毎回最高記録を更新するからすごい。

AKB48 ナゴヤドーム全握

初・AKB48の現場でした。
柏木さんが来ると聞いて急遽。
ドーム全握、指定席制だわ開演前にフードコート行けるわ映像流れてるわライブはメンバーがこっちに来るわで、普段乃木坂全握しか行っていないわたしには「貴族のイベントか・・・?」と思った。やばい。
柏木さんはパフォーマンスの一挙一動が神様みたいに輝いてて、どこにいても目が気づくの。すごい。好きになってから6年?くらい?ようやく生で観ることが出来た。

スキマスイッチスキマスイッチ TOUR 2017“re:Action”」

去年のツアーがセルフでバリバリアレンジ効かせた曲のツアーでめちゃたのしかったんだけど、今年はアルバムに参画した各アーティストとの対バン形式で、うーーーーんわたしには対バンは向いてない、と思ってしまった。とにかく大橋さんの歌が好きなので、来年また行きたいな。

5月

乃木坂17th「インフルエンサー」全握ライブ

お初のPROJECT REVIEWNで、「何を(全握券消費して)持って帰ろう?」と考えることに集中してしまった。よくない。
結局、高山一実さんがなぜかこの日異様にイケメン成分大目で最高だった「意外BREAK」と、いこちゃんいなかったけど「当たり障りのない話」を・・・

Juce=Juice「Juice=Juice LIVE AROUND 2017 〜NEXT ONE SPECIAL〜」

今度はJuiceの単独ホールコンに初参戦。
お立ち台で由加ちゃんがめっちゃ近くに来てくれて感動した・・・
舞台演出は(箱自体も小さいし)派手さや特殊さはないけれど、正直パフォーマンスだけでお釣りがくるくらい満腹なので、全然気にならないというかむしろそれくらいシンプルな方がいい。

映画「帝一の國

めっちゃ面白かった。2回観た。
レビューで読んでなるほどと思ったのは、「定番のスポーツとかその他じゃなくて、学業の成績とか品行方正さで勝負しているところが良い」っていう意見。確かにそういうの新鮮だったなあと。
まあ、親世代の価値観の影響が大きすぎるのがうーんという感じがしたといえばしたけれど、昭和の話と思えばそれもまたよしなのかな。

乃木坂46 「生まれてから初めて見た夢」

電車の床に座るビジュアルがあんまり好きではなかったけど、新録曲が結構好きだったので良かった。いつだったか全曲感想書こうと思ってたけど挫折したので、ついったーで小出しにします。

舞台「あさひなぐ」LV(+映画キャスト発表会見)

実際その後舞台も見に行ったんだけど、LVだと(その分見たいものは選べないけど)表情がしっかり見えるので良いなあと思った。舞台とLV、もし今後も両方あったら両方観るようにしたい。

6月

舞台「Les Misérables」

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これについてはこちらで。

舞台「あさひなぐ

御厚意で、大千秋楽を含む名古屋3公演入れて頂くことが出来ました・・・!
同じ舞台を複数回観るのは初めてだったけど、本当に「舞台は生もの」っていう感覚を知った。
大千秋楽はどことなくみんな芝居が大きくなっていて、ああかわいいな~とか。ところどころにちりばめられた笑いどころへの客席の反応が回によって全然違うな~とか。面白かった。
内容に関しては、パンフレットにあった「部活動ってアイドルに通ずるものがある」という原作者さんの言葉その通りで、高校生活を武道に賭ける高校生を、今現在とにかくアイドルとして命を燃やす乃木坂ちゃんが演じることの良さをひしひしと感じた。舞台って面白いな・・・

映画「美女と野獣

エマちゃんと昆ちゃんがかわいい!映像が綺麗!あとはまあ、美女と野獣だなって感じ・・・
ただ、実写になると「アニメだからこそファンタジーとしてスルーできてた部分」みたいなのがあったなあというのがあって、それは面白い発見だった。何かというとガストンの数々の横暴のことなのだけど、あれは実写でやると本当に危なさが伝わってくるというか、普通に「悪党キャラ」とかじゃなくて殺人未遂ですよねみたいな・・・そういう感じ・・・
でも同じく映画を観た知人が「この映画でもっと世間にガストンの良さが広まってほしいな」と話していたので、まあ感想はひとそれぞれですね・・・。



以上、下半期に続く(はず)

いつも流れていたジョーン・バエズ

 

この曲のリリース当時に、進まない卒論を抱えながら書いた妄想です。なんかやけに捗った部屋の掃除みたいな。

 

 

 

Tender days

「悪い、遅くなった」

待ち人が現れたのは、幸浩が運ばれてきたコーヒーにちょうど口をつけようとしたタイミングだった。
強面が地顔の店主が、勝手知ったる顔で向かいの席に腰を下ろす慶太にちらりと視線を寄越す。慶太はいつものようにコーヒーとカツサンドを注文して、最近買ったというお気に入りのダウンを脱いだ。

「お前、今食べるの?」
「どうせ飲み会はコースだろ。教授に挨拶して回ったら、食う時間なんてあるもんか」

大学生活の、いや学生生活の締めくくりとも言うべき卒業論文執筆と、それに伴う忌まわしき口頭試問を終え、今日はささやかな打ち上げが予定されていた。今日が終われば、本格的に学生生活はほぼ終わったと言っても過言ではない。卒業式もあるにはあるが、小学生でもあるまいし、学位記を受け取るだけのことに今更練習もなにもない。
達成感と爽快感と、それからなんとも言えない物寂しさを抱えながら、飲み会までの時間をいつもの喫茶店で潰す。ほどなくして運ばれてきたカツサンドに、彼の言い分も然りだったかもしれないと思えてきてしまった。

「なあ、佐藤」
「駄目」

用件を告げる前に断られる。

「なんで分かんの」
「そりゃあお前、飲み会前はいっつもそうだからだろ」

一切れもらう作戦はあっけなく失敗した。慶太の食べているものはなぜか美味しく見える。隣の芝生と同じだ。しかしなかなか譲ってもらえることはない。

「んで、彼女何だって?」

カツサンドを諦め、彼の遅刻の原因を追及する。口寂しさを誤魔化すように飲んだコーヒーは、いつもと何ら変わらない味で、コーヒーであるという以外に何の取り柄もない、というのが大学内でも評判になるようなそれだ。

「ん、まあ特に何もなかったわ」
「現状維持?」
「まあそんなとこ」

彼は去年の夏から付き合い始めた彼女と、このほど遠距離恋愛が確定してしまい、急遽話し合いの場が設けられたらしい。別れるって言い出すかもなあ、なんて言って心配していた彼は、その実そんな結末を何となく望んでいたようにも見えた。少なくとも幸浩の目には、そう見えたような気がしたのだが。

「悪いけど、別れるかと思ってた」
「そうだな、俺もそう思ってたわ」
「お前、遠距離とか向いてなさそうじゃん」

彼が付き合う女子は、何故だか毎回比較的まめに連絡を取りたがるような子ばかりだった。一方の彼はといえばさほどそうでもないものだから、いかにもありがちなすれ違いを懲りずに繰り返してきた。それを幸浩は、大学2年の春に彼と知り合ってから3年間、ずっと見てきたのだ。友人の目から見て、彼に遠距離恋愛が務まる気がしない。

「まあいいんだよ、やってみて駄目なら諦めもつくだろ」
「まあ、そうか」
「物理的な距離が多少あったほうが、うまくいく気もしたんだよなぁ」

彼が彼女との関係を前向きに続ける気でいたことに驚いた。
てっきりウェットな彼女にさらりと別れを告げてきて、ああこれで独り身かあなんて宣うのだとばかり思っていて、幸浩はそんな彼をここの美味しくもないコーヒーで慰めるつもりでいたのだ。
今までの彼はそうして何人もに別れを告げてきたのを見ていたから。

「結婚すんの?」
「うまくいけば、あるいはな。お前、呼ぶから式には来いよ」
「はあ」

彼が否定もせず曖昧に可能性を滲ませたことで、急に幸浩の中で結婚という二文字が重みを増す。なんだよ、つい数時間前まで「別れるかも」と思っていた相手と、結婚なんて出来るのか。

「嘘だよ、まだ全然分かんねえよ」

ガシャガシャとグラスの中の氷をかき混ぜながら、慶太がこちらを見ている。

いつも同じ席で、いつもお互い決まった側の椅子に座り、いつもこうして彼と相対してきた。何一つ難しいことを考えることもなく。
今日が終われば、もうこの店を訪れることはないのだろう。4月が来たら、この席はまた違う学生の指定席にになるのかもしれない。
たかだか行きつけの喫茶店ひとつで、そんなにセンチメンタルになることもないだろう。それでも、こんな日にこんな話題になるなんて、ちょっとお誂え向きすぎやしないか。手持ち無沙汰に含んだコーヒーの、深みのない苦味だけがいやに奥歯に残る。

「…うーん。やっぱりマスター、俺もカツサンド!!」

ふいに過ぎった感傷を誤魔化すように、カウンターの向こうで読書に耽る店主を呼んだ。幸浩の大きな声に、思い切り渋い顔をされたが、向こうも向こうで営業時間中に本なんか読んでいるのだからお互いさまだ。

 「結局お前も食うのかよ」
 「てめえがくれないからだろうが」
 「いや、人のせいにすんなよ」

 心残りは無くしておきたかった。そんなことは、小っ恥ずかしいのでもちろん彼には言わない。 それでも彼も似たような感慨だったのだろうか、席を立つその一瞬だけは、少しだけ名残惜しそうな顔をしているように見えた。

「もうここのしみったれた音楽ともオサラバだな」

会計をしながらそんなことを言うもんだから、店主に思い切り睨まれていたけれど。

 

ガラゴロと大仰な音を立てるドアを開けば、まだまだ冷たい冬の空気が肺を刺す。

春なんて来なくてもいいのに、と半分本気で考えている。

 

   

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「たとえ同じ情景を見たとしても、秋元康の詞と同じだけの情報量を伝えるのには何倍もの文字数が要る。そこに康の魔法がある」という康評を最近とある作曲家の方の講演で伺ったのですが、まさにまさにだなあと思って面白かったので載せてみます。

Tender days、本当に青春・・・

 

 

3年前の夏

生まれて初めて、死にたいと本気で考えたことがあった。



3年前の夏。大学4年の夏。就職活動が終わらなかった夏。
そして、わたしが乃木坂46と出会った夏のことである。



「なぜ乃木坂46が好きなのか?」とよく聞かれる。
わたしは大抵、「彼女たちが頑張っている姿を見ると、自分も頑張ろうと思えるから」と答える。
間違いではない。
けれど、それは「応援しているアイドルが他でもない乃木坂46であるのはなぜか?」という問いの答えではない。

なぜ乃木坂46なのか?その答えは、簡単である。
そのとき手を差し伸べてくれたのが乃木坂46だったから。

別に今まで他のアイドルもそれなりに好きだったし、例えばそこで出会ったのが他のグループだったなら、3年間追いかけたのはそのグループだったかもしれない。でも、その時わたしが出会ったのは、乃木坂だった。うっかり乃木坂に救われてしまった。だから乃木坂のおたくでいる。それだけ。


生駒里奈ちゃんと松井玲奈ちゃんの交換留学が決まって、初めて松井玲奈ちゃんが居る乃木坂46のMVが公開された日。新しいエントリーシートを書くことも、卒論のための研究を進めることにも気乗りせずネットサーフィンをしながら、たまたま、それがYouTubeのトップページで目についた。

乃木坂にいる松井玲奈ちゃんが見たさにたまたま、ほんとうにたまたま開いた「夏のFree&Easy」のMVは、暴力的な可愛さだった。
3色のチェックワンピース。センターで踊る子に与えられているのは勿論赤である。でもそこで黒を着ている松井玲奈ちゃんは風格も段違いだったし、センターの赤に対して青を着ている白石麻衣ちゃんのきれいどころ的なポジションも捨てがたい。白石麻衣ちゃんとセンターの七瀬ちゃんを挟んで反対にいるショートカットの子もとてつもなく美人で、彼女は橋本奈々未ちゃんというらしい。彼女も黒が似合う。
2列目の端でようやく見つけた生駒里奈ちゃんは赤。分かる。主人公感があるし・・・


そこからはジェットコースターのようだった。


終わらない選考を繰り返し、眠れないというより眠りたくない夜は、毎晩乃木どこを漁っては観ていた。
今までは引っ込み思案で何もできなかった西野七瀬ちゃんが、マカオタワーでの頂上で決意した顔と、飛び降りた瞬間のことは、今でもよく思い出す。ここで負けてはいけないと、このまま終わってはいけないと、思わされた瞬間だったから。


それからもいくつもの選考に落ちた。真夏に毎日ストッキングを履いてリクルートスーツを着るのは苦行以外のなにものでもない。大学ではもう誰もスーツを着ていなかった。選考からの帰り道、少し道に迷っただけで大通りを歩いているのに涙が止まらなかった。このまま車に轢かれてしまいたいと何度も思った。


それでも毎日選考に行った。
30分の面接を乗り越えたご褒美はいつも一人カラオケで、スーツ姿でカラオケに行って、いつも「夏のFree&Easy」を歌った。

臆病な自分よ生まれ変われ!

ああ 自分を偽って生きることより
そう 苦しみながら君は君の道を行け!

悲しむのなら 後でもいい
立ち止まるな 振り返るな

実際どういう曲か、ということは考えていなくて、ただひたすらこういう言葉たちを噛みしめるように何度も聴いたし何度も歌った。
曲の聴き方としては大いに間違っていると思う。

それでもこのとき、もうわたしは誰にも助けを求められなくなっていて、そんなわたしを乃木坂ちゃんが与えてくれた言葉だけが助けてくれた。

乃木坂46、9枚目シングル「夏のFree&Easy」。
今振り返れば、確かに大したことは歌っていない曲だなあと思う。
歌詞が下品だとか、AKBぽいだとか言われていて、あんまり表題曲の中で人気がある曲だとは思えない。

それでも、わたしは人生のなかで、乃木坂46の曲をどれかひとつ選ぶならば、絶対にこの曲を選ぶし、人生のベストアルバムには必ず入れると決めている。



そしてそれからついに丸三年が経つ。
18thのMVが発表になったらちょうど。

今も、当時のことを思い出すとしんどい。
この時期にスーツを着て暑そうな就活生を見ると胸が痛い。
妥協して入った今の会社はとても良いところだけれど、合同説明会の広告を街で見かけるたび「本当に行きたい会社がこの中にあるのではないか」と探してしまう癖が抜けない。ずっと迷いながら生きている。

それでもいつもこの曲と、そして乃木坂ちゃんが教えてくれた世界がある。
しんどいときはいつも助けてくれるし、かといって乃木坂ちゃんがくれる世界しかわたしにないわけでもない。(たぶん)

あれから今日までに松井玲奈ちゃんも卒業したし、黒いワンピースを着ていたショートカットの美人も卒業してしまったし(「人は必要なときに必要な人に云々」は「ほんとにな!!!」と思う)、ライブのチケットは取れなくなってしまったし、ついに乃木坂ちゃんは東京ドームの舞台に立つという。

今の熱量のまま、この先も好きでいるかは分からない。
でも、乃木坂ちゃんという名の船が沈むまで、わたしは最後まで乃木坂ちゃんのことを大好きでいる。

夏が来るたび、夏のシングルが発売になるたび思い出すのです。
あの夏はしんどかったと。

でも今はちゃんと楽しいから大丈夫。これからも大丈夫。
もうしんどい現状を変える力も、ちゃんと乃木坂ちゃんにもらえている。

乃木ヲタ、帝劇の扉を叩く。

われらが乃木坂46生田絵梨花さんが、Les Misérablesに出演するという情報が駆け巡ったのは、去年の夏のことだった。

「いくちゃんが!?」
レミゼ?」
「帝劇!?」

と半狂乱状態のTLを見ながら、「なんかよく分からないけど凄い劇場で、凄い作品に出るみたいだ」という薄ぼんやりとした情報だけをキャッチした舞台観劇ど素人のわたしは、よく分からないまま「よしとりあえず凄いなら行くぞ」と謎のバイタリティを発揮し、めでたく前から9列目真ん中らへんという良席を押さえたのでした。

この段階でわたしが「Les Misérables」という作品について持っていた知識は、

〇主人公の名前はジャン・バルジャン
〇名作らしい
〇昔山本耕史推しメン)が出ていた

これだけ。

今となっては「よくこんなノリで遠征決めたな!?」と自分に言いたいけど、結果的にとてもとても素敵な作品に出会えた機会となりました。
乃木坂46を好きになって、そしてそんな乃木坂46から舞台の世界の扉を開いてくれたいくちゃんがいたからこそ、こんな新しい感動に出会えたのだなあと思うと、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。 

 

そんなわけで、以下はそんなど素人乃木ヲタが生まれて初めて観た、舞台「Les Misérables」の鑑賞記です。

終演後からずっと、熱に浮かされたかのようにメモ帳に「Les Misérablesを観に行きました。」とブログの書き出しを何回も書いては消し書いては消し、ということを繰り返していたら1週間経ってしまったけれど、ようやく何とか感想を書くことが出来ました。


なにぶん初心者ゆえ、予備知識も全くないし、名作相手に何を今更…というような内容が中心だとは思うけれど、初めて観た記念に残しておこうと思います。

また、初心者の乃木ヲタさんで、これから初めて鑑賞される方や、もしくは行ってみようか迷っている方がいらっしゃいましたら、少しでもご参考になったら嬉しいです。

 

【目次】

 
ひとまず映画版で予習するの巻

もう本当に1ミリもストーリーを知らなかったので、2012年の映画版を観てから行ったのですが、個人的には正解だった。
登場人物が多く、衣装替えもあるし、衣装の小さな相違が物語上ちょっとした鍵になってくるようなシーンもあるので、ざっくりとした全体の流れを確認しておくことでより分かりやすくなる。
特に、横文字の名前の苦手な方や、人の顔を覚えるのが苦手な方、知っている俳優さんや女優さんが出ているとそこばかり気になってしまう方(すべてわたしのことです)は予習して行ったほうが良いかも……

映画版はそもそもミュージカルを映画にしたものなので、基本的に舞台と流れがほぼ同じ。そして節目で具体的な年号を出してくれるので、シーンごとの時代背景と、時間の経過も分かる。「こういう時代のフランスの話なのか」というのを掴んでおくだけでも、だいぶ入り込みやすくなると思う。

わたしは完全に時代背景すら「えっそもそもいつのこと・・・?」って感じだったけど、予習してみたら19世紀の半ばの話ということで、ちょうど国は違えど大学で専攻していた時代と被っていたので、それでだいぶ物語への親近感が湧いた。(というか、多分トータルでこの物語を好きになった理由は『この時代の空気』みたいなところだと思う)

あとは、音楽。もちろんめちゃめちゃ有名な舞台なので、曲だけは聴いたことがあるという方は多いような気がするけど、わたしはマジで1曲も知らなかったので、それも予習しておくとより楽しめると思う。(予習したらしたで意外と「あっ聞いたことある!」という曲もあった)この辺はライブとおんなじですね。

勿論、何も事前知識ナシでまっさらな状態で臨むのもアリだと思います。ストーリーに感動する最初の一回って人生に一度しかないし、それを生の舞台という場で味わえたらそれこそ一生モノだと思う。

 

いざ帝劇へ

由緒ある劇場と聞いていたので、観劇経験の浅い身としてはビクビクしながら行きましたが、服装なども思った以上にみなさんラフないつも通りの私服という感じで(もちろん着物の方とかもいたけど)、ひと安心。

会場の係員さんもとても丁寧で、客席を結構まめに巡回してくださっているし、昨今何かとドルヲタ界隈で議論を呼びがちな観劇マナー云々も、ちゃんと上演前にアナウンスがあるのでこれまた安心。

あとびっくりしたのは、平日昼公演だったこともあり、芸術鑑賞の授業の一環かなんかで来ている高校生の集団がいたこと。しかも複数校。いや~タダでこの舞台見られるなんていいなあ、と羨ましく思っていたけど、終演後「寝てたわw」みたいな声があちらこちらで聞こえてきて笑った。そういえばわたしも高校生の時、ノーベル賞を受賞したOBの講演会で爆睡したし、まあそんなもんか・・・。授業の一環ってなるとしんどい人はしんどいよね・・・

それはともかく、そんな風に高校生がカリキュラムとして観に来るような舞台なんだなあ、という実感がしみじみ沸いてきて、開演前からちょっとなぜか我が事のように誇らしくなってしまうしがない乃木ヲタであった。

 そんな由緒正しき、荘厳な劇場で、しかも前から9列目という超良席で、せっせとピントを合わせたはいいが「あれ、これオペラグラスいらないのでは・・・?」とそわそわしていると、ついに開演の時が・・・!(舞台は奥行きがすごかったので、結果的に9列目でもオペラグラスは活躍した)

生演奏ではじまる「囚人の歌」のおどろおどろしいイントロで一気に鳥肌が。そこからはもう一気に19世紀のフランスの世界へ。いやー夢を見ているようだった。

 

肝心の舞台の中身については、映画版は勿論のこと、公式HPにも詳細なあらすじと進行が載っているので(プレスの歌唱動画へのURLもあり大変親切なので、ここで予習するのもあり)、ここからは個人的に感動した「鳥肌ポイント」について書こうと思う。

 

生田コゼットの圧倒的なヒロイン性

まずは何と言っても我らが生田絵梨花さんであります。

いくちゃんコゼットが登場するのは、割と舞台中盤。

(それまでもアンサンブルで出ているそうなので、余すことなく見たい方はパンフレットの出演表を参照のこと。ただアンサンブルの中を目を凝らして探すよりは、初見ならばストーリーを順当に追いかけた方が楽しいのではないかなあと思う)

ロミジュリの時も思ったけど、生田絵梨花さんが舞台の上にいると、いくちゃんだけ光って見えるよね………

歌が特別うまいとか、演技が特別うまいとか、逆にアイドルアイドルしすぎていて浮いているとか、そういう「技術的に目立っている」ということではなくて、ただただ舞台の上での存在感がすごい。これがオーラというやつなのかなあと思う。

この感覚、普段乃木坂のライブとかで姿を見ているし、まあ推し補正だろうとロミジュリの時は思っていたのですが、ロミジュリとレミゼの間に実は一つヒロインものの舞台を観る機会があって、生田絵梨花さん以外のヒロインを観て、確信に近づいたような気がする。

生田絵梨花さんのヒロイン然とした存在感、というのは本当に凄かったし、それがアイドルというお仕事を通じて彼女に備わっていったものなのだとしたら、「アイドルからのミュージカル女優」という、現代では稀有な階段を駆け上っていったいくちゃんにとっては、無二の武器になるだろうなと思う。

 

実を言うと、事前に映画版を観たとき、正直あんまりコゼットにはハマれなかった。

わたしがこの物語に惹かれたところは、「バルジャンの人生」という物語の背景に流れている、革命へ向かってゆく時代の大きな波や、学生たちが青春を革命に費やしている姿であり、この二つのいわば「わたしの萌えシーン」に彼女はいなかったからである。

この時代の遣る瀬無さを全て投影したかのようなバルジャンと、結果として革命に身を賭したマリウスに挟まれたコゼットが、ものすごく浮世離れして見えたりもした。

実際に「民衆の歌」の直後にいくちゃんコゼットの「プリュメ街」がはじまるのだけれど、その落差にくらくらするし(お国の未来の為に屍越える歌の直後から、全力の恋の歌である)、蜂起が失敗して命からがら落ちのびたマリウスに駆け寄る、無傷のコゼットちゃんの無垢さがわたしにはちょっと眩しすぎる。彼女はそんなマリウスに「これからはわたしがそばにいるわ(うろ覚え)」というようなことを言うのだけど、個人的には正直あれだけの同志を亡くした直後のシーンで、これからはじゃあ運命の人と人生やっていこうというテンションになかなか切り替わらない。

(もちろんコゼットの境遇だって世相を凝縮したかのようなハードモードだったし、そもそも役どころとして「愛を与える人」のようなところがあるのは分かっているのだけど)

 

 ただ、映画を観終えたときから、この「浮世離れ感」が、生田絵梨花さんがコゼットを演じる際に絶対ハマるだろうなというのはビリビリと伝わってきたし、事実やはり舞台の上での彼女はいっそファンタジーかと言わんばかりの「浮世離れ感」でもって寂しげな物語に華を添えていて、いや本当にハマリ役だなあと感動しきりであった。コゼットというキャラクターのことはきっとこれからも大好き!というテンションにはなれないかもしれないけれど、生田絵梨花さんのコゼットはこれからもずっとものすごく好きだと思う。

 

となんだか小難しく分かった風なことをごちゃごちゃ言ってしまったが、とにかく舞台が終わった直後から、「また見たい!」「またあのいくちゃんを舞台の上で拝みたい」という切なさにかられるような圧倒的なヒロインだったので、ヒロインないくちゃんが好きな方はぜひ見てみてください……………

 

相葉アンジョルラスの等身と「民衆の歌」

当初のお目当てとしてはやはりコゼットいくちゃん、というテンションで向かったわたしでしたが、舞台で実際に見て一番惹かれたのはアンジョルラスでした。ただただかっこいい。

私が観たのは相葉裕樹さんの回でしたが、まずとにかくスタイルが良い。羽織っているベストが短めで脚長効果もあっただろうけど、それにしても脚が長い。

アンジョルラスは、革命を目論む学生たちのリーダー役で、マリウスや学生たちの集まるシーンで熱弁をふるう。街中で偶然巡り会ったコゼットに一目惚れして骨抜きになっているマリウスに、「今はそんなことより大義のために動くときだ(うろ覚え)」というようなことを言う。この、「恋より革命」というような世界観がべらぼうに好きなので、とにかくアンジョルラスがかっこよくてかっこよくてしかたがない。

 

そして、そんなアンジョルラスの一番の見せ場はやはり「民衆の歌」。

 

これは映画を観た時から、舞台で聴くのをとてもとても、というか一番楽しみにしていた曲だった。

映画版は、たしかラマルク将軍の葬儀に参列した学生たちが口ずさんでいるシーンから始まった曲だったので、そういう風に始まるのだとばかり思っていたのだけれど、そうではなかった。

「Red&Black」(これもゴリゴリに学生たちが革命の野望に燃える歌)が盛り上がりに盛り上がって、曲が終わって、一瞬静かになって、その静かなテンションでアンジョルラスがひとり歌い始めたのが「民衆の歌」だったのである。

 

いやあのほんと、名作中の名作で、こんなのはミュージカルに精通した方からすれば常識なのだろうけど、アンジョルラスがひとりで歌い始めたとき「うわー!!ここでくるのか!!!」と座席でひとりでのけぞ(りそうにな)った。声出るかと思った。しかも歌い出しって1人なんだ!という。

それこそ「夢やぶれて」とか、「プリュメ街」とか、そういう個人の感情を歌った曲と違って、「民衆の歌」は本当にタイトル通り民衆の歌で、とにかくつまり大勢でド派手に歌う(ことに意味がある)歌というイメージでいたけれど、それがこういう風にアンジョルラスがひとり静かに歌い始めたので、その瞬間にまずおおっと鳥肌がたった。

 

 戦う者の歌が聞こえるか?

鼓動があのドラムと響き合えば

新たに熱い生命が始まる

明日が来たとき そうさ明日が!

 

アンジョルラスのソロパートはこの一節。ワンフレーズずつ、静かだけど力強い歌声で、学生集団の一人一人の心に火を灯していくようだった。それに呼応するように1人、2人と歌声が増えていき、演奏も派手になってゆく。大勢が声を揃えて歌う、まさに「民衆の歌」が完成する。

そして最後に掲げられた、彼らのシンボルである真っ赤な旗がぶわっと広がった瞬間、もう自分でも何が何だか分からないけどぼろぼろ泣いていた。

 

アンジョルラスのように「青年革命家たちのリーダー」とか、とにかくそういう何か体制に反旗を翻す集団の先頭に立つ人物が、大義や戦略云々以上にその人の「カリスマ性」をもって人々を惹きつけるというのはよくある話だと思う。このアンジョルラスの「民衆の歌」の歌い出しは、まさにそういう「カリスマ性」でもって人々を惹きつけ、翌日の蜂起へと焚き付けていく、その火種の部分をこれでもかというくらい描き出していた。

観る前から一番聴きたかったこの曲ですが、実際に観てみてやっぱり一番好きなシーンになりました。

  

判官贔屓したさNo.1、エポニーヌちゃん

この作品に出会うきっかけをくれたのはコゼット、舞台で観て惹かれたのはアンジョルラスですが、一番好きなキャラクターはどう転んでもエポニーヌです…………………

もうなにからなにまでかなしい。

悲しいし哀しいし愛しい。

幼い頃は毎日自分の親に虐げられる居候だったコゼットが、誰かに貰われて行ったかと思えば、ある日突然、自分より明らかに裕福な暮らしぶりの、うんと綺麗な少女になって再び目の前に現れる。そして片想いの相手であるマリウスは、あろうことかそんなコゼットに一目惚れしてしまうという。

もうこれだけでも「運命とは…」みたいな感じで頭を抱えたくなるのに、さらにマリウスはエポニーヌにコゼットとの仲を取り持ってもらおうとする(コゼットの居場所を探してきてくれと頼んだり、手紙をことづけたり)。

「マリウス!!!!空気を読めよ!!!!」と思いますね。

 そんな(?)エポニーヌちゃんのソロの見どころはやはり「on my own」であります。

二幕始まって割とすぐのソロ歌唱で、一幕の「民衆の歌」に大感動スマッシュブラザーズかつ、休憩を挟んでやや頭が現代日本に戻ってきてしまっていたところを、またガツーンと雨の降りしきる夜のフランスに戻してくれる本当に素敵なシーン。「あの人に恋して世界はキラキラと輝き出したの」みたいな曲はよくあるけど(というか「プリュメ街」がそうですね)、これはその反対で「あの人がいないから世界はよそよそしい」という曲で、ストレートに強い言葉がグサグサくる。とにかく切ない。

 

さっきコゼットというキャラクターをどうしても手放しで好きにはなれない、という話をしたけれど、たぶんエポニーヌちゃんに感情移入しすぎなのが一番の原因だと思う。

ただ、やっぱりどうしてもこういうキャラクターが好き。やっぱり舞台で見てもエポニーヌちゃんが好きだった。

 

ソロ以外でも、「プリュメ街」の後半、コゼット、マリウス、エポニーヌの3人での歌唱になるのだけど、ここのエポニーヌの「彼が求めたら捧げてしまう」という歌詞がとても良い。 

たとえ他の女と結ばれることだとしても、彼の望みなら叶えずにいられない、というせつなさがぎゅっと詰まった素敵な訳詞だなあと思いつつ、四六時中ヲタク脳なので頭の片隅で「アイドルとヲタクみたいだな・・・」とちょっと思ってしまった。ごめん。推しが求めたら捧げてしまう・・・

 

それはともかく、エポニーヌちゃんもほんとめっちゃよかったので是非注目してください・・・

 

以上3点、個人的に震えるほど良かったポイントでした。

 

 終演そして現在とこれから

 

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観劇後、そのまま土日は東京に滞在したので、東急プラザ銀座のキリコラウンジにも行った。
乃木坂46インフルエンサー」のMV撮影現場となったラウンジである。

インフルエンサー」が本当に大好きなので、大好きな曲が生み出された空間が目の前に現れた時は感動した。東京ってこういうロケ地がゴロゴロあってすごいと思う(田舎民)

 

乃木坂46というアイドルを好きになってもうすぐ3年が経つ。

好きでいるうちに、彼女たちはどんどんその世界を広げていって、わけも分からず追いかけているうちに、ヲタクもたくさん新しい世界に出会った。

まずアイドルのライブに行くのも初めてだったし、当初はペンライトの振り方すら分からなかった。乃木坂ちゃんが使ってますって言わなければ手も出さなかっただろうデパコスを買ってみたり、基礎化粧品を変えてみたりもした。乃木中で取り上げられてた食べ物をわざわざネット通販で買った。

そしてそして、彼女たちが出ていなければ決して出会えなかっただろうたくさんの作品に出会えた。

 

本当にこの曲の詞の通り、乃木坂ちゃんを追いかけて追いかけてここまでやってきたなあ、というようなことを考えながら、実際に彼女たちが踊った空間で食べるランチは、お店の敷居が高すぎて緊張であんまり味がしなかった(笑)でもおいしかったよ…

 

それから気づいたらわたしは、全国ツアーが当たらなかった分をレミゼ名古屋公演に全部賭けていて、なんとか名古屋であと3回、生田絵梨花さんのコゼットを見る機会にありつけることになった。

一般販売の初日、名古屋公演が行われる中日劇場のあるビルには、「このビルってこんなに人が溢れることあるんや…」というくらいの購入待機列ができていて、キャスト表と睨めっこをしながら並ぶ大勢の演劇好きな方々を眺めながら、(もちろんみんながみんないくちゃんのファンではないし、そもそもなにひとつわたしの手柄ではないのだが)やっぱり少しうれしくなった。

 

そして生田絵梨花さんの岩谷時子賞(奨励賞)受賞とのニュース。わたしはもしかしたら、何か伝説が生まれるその瞬間に立ち会えているのかもしれないなあという気持ちでいる。

 

君がいる場所が分かったら、僕には地図になる。わたしの地図には今、中日劇場への道順が描かれている。

 

生田絵梨花さん、ここまで連れてきてくれてありがとう。

名古屋公演でまた会える日を楽しみにしています。

 

 

 

 

 

今、康と話したい「バスの話」がある

秋元康って、バス好きだよね。(笑)

 

 

という噂がまことしやかに囁かれているとかいないとか。

 

わたしも「あ~確かにバス良く出てくるよね~」くらいの感覚でいたけれど、 歌詞検索サイト「歌ネット」によると、「バス」という歌詞が含まれる曲のうち、48グループ(とその卒業生)・坂道の楽曲はなんと53曲あった。

(2017年4月現在。手動で数えたので見落としもあるかも)

 

そもそもグループ全体の楽曲数自体がめちゃめちゃ多いので、一概にこの数字をもってして尋常じゃないでしょ!?というにはやや弱いかもしれないけれど(愛とか恋とかのテーマには勿論負けるので)、それでも一人の作詞家が、同じモチーフを用いた曲がこれだけあるってちょっと面白い。

 

しかも何が面白いって、そうやって追いかけてみると、バスはバスでも様々なバスがあったり、その時々で違うものの象徴だったりすることである。

 

秋元アイドル楽曲のヲタクとしては、いつかご本人に作詞についての論を出版してほしいな、と常々思っているが、もしも実現するとしたら、確実に「バス」は一節として取り上げられると思う。いや取り上げてほしい。

いつか来るそんな機会を夢見つつ、今回は、その中から坂道楽曲に焦点を当てる形ではあるけれど、わたしなりに曲中で描かれているさまざまなバスについて考えてみたいと思います。

 

 

※ 楽曲の解釈はごくごく個人的なものであり、当たり前ですがこれが正解ではありません。行きすぎた妄想みたいなものとして読んでいただけると助かります。

 

【あまり参考にならない目次】

 

あのバスを追いかける

「君を乗せたバスを追いかける僕」的展開。秋元康楽曲の王道展開として有名だと思う(あの大声ダイヤモンドもそう)。

 実際に乃木坂楽曲の中でも「走れ!Bicycle」「ロマンスのスタート」がドンピシャでそれにあたる。2曲とも「好きな女の子を乗せたバスを自転車で追いかける」曲である。

 「恋=追いかけるもの」というありふれたテーマを、バスと自転車の追いかけっこにすることで物理的にもスケール大きく表現している、ということなのかもしれない。

 バスを自転車で追いかけても、当たり前だけど速度では敵わない。そして感情のベクトルの方向に関わらず、バスに乗っているのは女の子で、バスを追いかけるのは男の子で、というのがミソのような気がしている。

 いつだって女の子は先に行ってしまう。それはバスもだが、大人になるスピードも然りである。秋元康楽曲の王道にはさらに、バス以上に有名なんじゃないかと思われる「制服を脱ぎたい女の子」というテーマがあるが、こうして自転車で追いかけた先の好きな「君」も、「制服を脱ぎたい女の子」なのかもしれない。

 …とここまでいくと考えすぎのような気もするが、このようなテンプレートとも呼ぶべき「君を乗せたバスを追いかける僕」という同じ構図で描かれた2曲も、具体的な肉付けをされることで全く違う物語になるから面白い。

 「走れ!Bicycle」はサビの最後のフレーズ、「両想い」がまさに物語るように、得恋の曲。しかも厳密にいうなれば得恋3分前くらいの、最も甘酸っぱい瞬間の曲。「君」からの気持ちに気づかされる「僕」は、「ごめんね僕がよそ見してて」「寂しくさせてしまった」などなど、両想いの安心感があるにしてもやや気障で、ちょっと強気な主人公である。

 対して「ロマンスのスタート」は文字通りロマンスがスタートした瞬間、まんま恋の始まりを歌う曲。主人公は「追いついても何もできない」「純情が服を着たイケテナイ」という弱気な「僕」である。(後者の方が秋元楽曲でよく見かけるタイプだと思う)

 という2曲の物語の違いに注目して、改めてバスの動きを見てみたい。

 得恋のBicycleでは「君を乗せたバスがやっと着く」とあるように、「僕」はバスに追いつけている。それに比べて弱気な恋の始まりを描くロマスタでは、なんと歌いだしから「あのバスに引き離されて」に始まり、「遠ざかるバス」とくる。

 なんともバスは雄弁だなあと思う。

 

 

バスは人生という名の道を走る

 バスに乗って進んでいる道を「人生」に重ね合せる展開。乃木坂だと「環状六号線」がそう。

 バスに乗りながら進んでいる、「道を人生に例える」という表現方法は、すでに手垢がつきまくっている手法ではあるものの、それでもやはりそこは康節というべきか、ものすごく綺麗に一本筋の通った比喩が魅力的。

 バスに乗っているときの工事渋滞を恋の障害と重ね合せ、かつバスが進む道のりと人生を重ね合せる時の流れと、工事渋滞があった昔となくなった今、という時の流れの二つの軸が交差するさまが本当に綺麗。シンプルでコンパクトなのに美しい曲だなと思う。

 あと「山手通り(環状六号線)=いつも工事」という都会の人なら分かる「あるある」が敷かれているのがとてもよくて、この曲をナチュラルに「あるある」と受け止めながら聴くことのできる(できていた、かな)シティボーイ・シティガールが死ぬほど羨ましい。聖地巡礼したい。

 ちなみに山手通りの工事が終了したのはwiki先生によると2016年3月とのことだが、この曲が収録されたアルバム「それぞれの椅子」が発売されたのは2016年5月である。「スマホ」とか「LINE」というワードを、世間の流行からワンテンポくらい遅く歌詞に導入してくるのとは全然違うこの驚異のスピード感は、やはり旬な話題への敏感なアンテナか、それとも対象への深い愛のなせる技なのか、気になるところであります。

 それにしてもこの曲、2番の「時は流れていろいろあってちょっといい感じになった」という歌詞、ここだけえらく放り投げるなといつも思う。工事は10年以上?続いていたというし、果たしてこれってどれくらいのスパンの話なんでしょうね・・・

 

青春はバスの中

 ただシンプルに「乗り物としてのバス」として登場するパターンももちろんある。

 曲中の一部でバスが舞台になっているだけで、ストーリーにおけるバスの比重は高くない。いわばほぼ何も背負わされていないバス。乃木坂の「大人への近道」「ガールズルール」がそう。

 「大人への近道」は「通学のバスでよく会う人が気になっている」というストーリーが導入となり、あとは全編にわたってお得意の「制服を脱ぎたい女の子」というテーマが歌われている。また、「ガールズルール」も海岸線を進むバスは合宿所へ向かう…というストーリーから、やはりよくある「男子禁制」の世界観が歌われている。

 これといってバスが何かを象徴しているということはなさそうだが、「通学のバス」「合宿のバス」という具体的なシチュエーションを歌いだしに持ってくることで、「青春っぽさ」みたいなものはイメージしやすいのかもしれない。

また、乃木坂だと「ガールズルール」のみだけれど、「海岸線をバスは進む」のような「遠景のバス」というジャンルは多分48の方まで探しに行くと結構増えそうなので、また色んな曲を聴いてみたい。

余談ですが、先日関ジャムでいしわたり淳治さんが「制服のマネキン」のAメロについて、「遠景」「近景」の使い分けが綺麗で誰もが脳内で再現できる歌詞だ、というようなことを仰っていたが、これはガルルでも同じことが言えると思う。

「海岸線をバスは進む 空は高気圧」という遠景の描写に始まり、「部活のメンバーで思い出作りの合宿」という近景(バスの中)にぐっとカメラが入り込んでくる流れには惚れ惚れです。

 

乗るべきバス、乗ってはいけないバス

 「バスに乗る」ことが何かの象徴となっているケース。

 さっきの2曲とは違い、バスが割と大きめの宿命を背負わされている。

 例えば、乃木坂の「やさしさとは」はバスに乗り遅れてしまう曲である。バスには発車時刻があるので、当たり前だけど時間に間に合わなければ乗ることはできない。

 この曲は、一見「道端で洋梨を落とした彼女をちゃんと助けてあげられず、結果的にバスの時間に間に合わなかった」という物語のように見せかけて、実は本編は2番Bメロの「急に相談されたって〜」から始まる。つまり、傷心の彼女にうまく寄り添えず(あるいはつけ込めず)、結局恋を逃してしまったという物語なのである。

 ・・・という点を踏まえると、ここでは「バスに乗る」ということに「二人の関係が成就する」という意味が込められていることが分かる。まあバスにも乗れなかったし、結局何もできずに終わってしまった切ない話で終わっているのですが・・・

 この壮大な展開の割に話が動かない、というところは「サイコキネシスの可能性」に通ずるものがあるね………

 

 また、バスは乗り込んで動き出したら、もう自分の意思では戻れない乗り物であり、バスに乗り込むことは即ち不可逆の選択である。というようなところから、「バスに乗る」ことが「道を選ぶ」「決心する」ということの象徴となっているケースがある。

 欅坂「乗り遅れたバス」、乃木坂「行くあてのない僕たち」の2曲である。

「乗り遅れたバス」も文字通りバスに乗り遅れる話だが、ここにおける「バスに乗り遅れる」という展開が、欅坂46における長濱ねるの加入にまつわる顛末を指していることは明白である。つまり、「バスに乗る」ことが欅坂46スタートメンバーとしてグループに加入すること、即ち「選ぶべき(だった)道」を表している。

 それに対し、「行くあてのない僕たち」におけるバスは全く反対の意味をもつ。

「生まれた町を捨て 君の手引きながら偶然飛び乗ったこの夜行便」という1番Bメロが、この曲の全てを物語るといっても過言ではないが、ここではバスに乗り込むことが逆にアウトローへ踏み出すこととして描かれている。

 別に「乗り遅れたバス」も「行くあてのない僕たち」も、これといって革命的に新しいバスの使い方ではない(特に後者は「ベタだけどそこがイイ」的な逃避行モノである)。けれど、欅坂46乃木坂46からそれぞれ似たような時期にリリースされた楽曲が、「乗るべきバス」「乗ってはいけないバス」という、全く真逆のバスを描いているのは面白いなと思う。

 

おわりに

以上、坂道楽曲のうち「バス」の出てくる曲を拾ってみました。

バスの出てくる楽曲がたくさんあっても、当たり前だけど1つとして同じ曲はなくて、面白いなあと思いつつ、なぜこんなに「バス」なんだろうとも思う。

(まあなんか実は探してみると意外と「電車」も多かったのですが)

今回は坂道楽曲でしたが、まだまだ48の方を探しに行くとたくさんのバス曲があることも分かったので、これからもたくさんバス曲を聴いていきたい。

何か面白いバス曲情報があったら、いただけると嬉しいです。

 

 

噛めば噛むほど味が出る 乃木坂46「MVなし楽曲」

乃木坂46は一回のシングルリリースで6曲、最近は7曲リリースして、そのうちだいたい4,5曲がMV付きです。

アイドル楽曲は、というかビジュアルにパラメータを全振りしていると言っても過言ではない乃木坂46だと特に、まず人に勧めるならMVつきの楽曲だろうと思うのですが、なかなかどうして乃木坂は「MVなし楽曲」も美味しい楽曲揃い。
全握ミニライブ披露が終わればBDLぐらいでしかパフォーマンスを観る機会がなくなってしまう悲しき曲たちですが、そんな中から「もっと報われてほしい」楽曲たちを全力でゴリ押ししようというブログです。

 

 

海流の島よ

3rd「走れ!bicycle」収録曲。

まだ初期のあどけないアンダーの子たちの曲で、全体的に爽やかで可愛らしい雰囲気の、ちょっとファンタジーな曲。
情景は具体的に浮かぶけれど、結局分かるような分からないような曲で、48の公演曲っぽいイメージかもしれない。

この曲は康の「強い隠喩」が遺憾なく発揮されているところがとてもよくて、2サビがクライマックス。

海流の島よ

命とは海だ

生きることは荒い波を越えること

当時の、まだ少し陰の強いセンターだった飛鳥ちゃんが、「命とは海だ」と言い切る強さと世界観に物凄く惹かれる。
全体的には可愛く爽やかで、水彩画で全篇描かれた絵本のような曲なのに、飛鳥ちゃんに「命とは海だ」と諭されるという、ギャップと世界観が癖になる曲です。結局どういう曲なのか、分かるようで分からないんだけど、そこがまた。


白い雲にのって

1st「ぐるぐるカーテン」収録曲。
とにかく「みんな笑顔なら世界は平和だよ」というしゃらくせえ曲。でも、アイドルが笑っていてくれたら世界が平和になるってそりゃ真理だわと思う。

きっと愚かな諍いも

眠くなったらしないだろう

体がポカポカしてきて

怒った人もあくびひとつ 

とかね、いいですね、いい具合に脳みそが柔らかくなる。
本当に初期の曲なので、この頃は声が幼いんだけど、そんな甘い可愛らしい声に、「そんな難しいことなんて考えるだけ無駄だよ」と言われると色々と救われるような気がする。

初期の乃木坂楽曲にはこういう、「みんなのうた」で歌われそうな説教くさいラインの曲というのがあって、「心の薬」とか「人はなぜ走るのか?」とかもそう。こんなこというと怒られそうだけど、乃木坂のこの説教くさいラインの楽曲、なんとなく桜井和寿さんに歌って欲しさがある。
メンバーの平均年齢が若かったからこその路線だったのだと思うけど、最近こういうのがないのがちょっと寂しい。

 


やさしさなら間に合ってる

4th「制服のマネキン」収録曲。
昭和歌謡っぽい雰囲気で、女の子の側から、ちょっと背伸びしちゃった恋愛の終わりを歌う渋めの曲。
歌唱メンバーも割と低音が効いたメンバーが多いのも良い。
乃木坂楽曲のスタンダードは「気づいたら近くにいる君が気になってるのに、素直に口に出せない僕」という構図なので、女の子視点の曲ってただでさえちょっとレアなところを、この曲は意識的に「女の子口調」を使用しているのでものすごくテンションがあがる。
この曲調で「あなたのことを憎めたら楽だったのにね」というベッタベタな歌詞を、この時代のこの美少女に歌わせるセンス、好きだな…………

 


吐息のメソッド

8th「気づいたら片想い」収録曲。
ただただ「可愛い」が断続的に 襲ってくる曲。曲も歌詞もまさに王道アイドル曲なんだけど、乃木坂は意外とこういう路線が少ないのでレアです。ドキュメンタリー映画のタイトルにもなった「悲しみの忘れ方」というワードも初出はここ。
歌詞に引っかかるところも特になく、すっと楽に聴ける良い頃合いのc/wだけど、この曲の真髄はパフォーマンスにあり。3rdBDLの映像を観てほしい。もれなく今後30年は健康に生きられそうなくらいのご利益がある。


何もできずにそばにいる

9th「夏のFree&Easy」収録曲。

もし人々に涙流す感情がなかったとしたら 幸せか不幸かどっち?

という歌いだしがもはやクライマックス。

個人的にはいまいちいつまでもピンとこない曲だったけど、乃木坂46の歴史のなかで、常にこう、「ここぞ」という場面でメンバーが意識的に選曲していて、乃木坂ちゃんたちは結構「象徴的な曲」として捉えてるんだなというところが印象的だった。(たとえば松村さんの例の一件の際のラジオとか、橋本奈々未さんのラジオの最終回とか)
たしかに、何かしらの痛みや傷を抱えている人に対して直接的にグイグイいけずに「何もできずにそばにいる」という姿勢はものすごく乃木坂らしいなという気はする。


僕だけの光

15th「裸足でsummer」収録曲。
乃木坂46による乃木坂46観」的楽曲その2というところ。
1番がびっくりするほどネガティブで、「僕の良いところは全然なくてうんぬん」という雰囲気がまさに乃木坂って感じ。「太陽眺めるたび羨ましくなるんだ」という歌いだしの通り、比較対象が太陽なんだけど、スケールがでかすぎる自虐でむしろ一周回って味わいが深い。太陽より役に立つ人間なんておらんやろ。
「いいとこなくても自分を磨くしかないのだ」という、久々に「白い雲にのって」「人はなぜ走るのか?」「心の薬」あたりの初期の説教くさいラインを彷彿とさせる曲で、これが15thでまた聴けたのが嬉しい。
このダイナミックな自虐といい結局根性論が入ってくるところといい、15thは表題が王道の乃木坂ソングだった分、こっちでなんとなくセンターの飛鳥ちゃんに当て書きしているような気もする。

 


孤独な青空

16th「サヨナラの意味」収録曲。
乃木坂46による乃木坂46観」的楽曲その3。
乃木坂史上一番孤独な歌かも知れない。どストレートに「友達がいない」人の歌です。
史上最強の顔面偏差値を誇る美少女集団が、混じりっ気なしの本音で「青春はいつだって虚しい」と歌う。乃木坂ヲタクはこういう乃木坂ちゃんに弱いんや!という、乃木坂の世界観が全て詰まっている。

また、同じように「孤独」を扱ったの楽曲として、 欅坂46の「キミガイナイ」がある。

本当の孤独は誰もいないことじゃなく

誰かがいるはずなのに一人にされてるこの状況

欅坂がこう歌ったのに対し、乃木坂46はこの曲で

打ち明ける秘密もなく

思い悩む憂鬱もないのは何故だろう

と歌う。


かたや欅は「孤独にされている」ことへの文句を言うべき相手が想定されている、いわば「リア充的孤独」であり、乃木坂は「秘密を打ち明けられるほどの人がいない」から「打ち明ける秘密」もないという「非リアの孤独」である。
奇しくも同じ2016年に康によって生み出された楽曲だが、この「孤独」の違いにまんまグループカラーの違いが滲み出ているような気がして、それもまた面白い。

 

Tender days

10th「何度目の青空か?」収録曲。
このブログはこの曲の話をするために書いたといっても過言ではないかもしれない。
「もっと評価されるべき乃木坂楽曲大賞」「空気曲とはもう呼ばせない大賞」オブザイヤー3年連続受賞。

10福神ユニット曲、という、よく言えば安牌、悪く言えば冒険のかけらもないメンバーで、歌う曲が「純喫茶と男の友情」ってところがたまらない。


登場人物は「君」と「僕」と無愛想な喫茶店のマスター(学生運動の英雄だったらしい。)
学生生活の4年間、苦いだけのコーヒーしかない古臭い喫茶店に入り浸って、夢を語り合った「君」と「僕」。
お互い彼女を連れてこないのがなんとなく暗黙のルールになるくらい、俺たちの聖域だったあの喫茶店に、卒業してしばらく経って、久々に行ってみようよと「君」に連絡したのに、返事はない………
という。

 

何がいいって、この激シブなホモソーシャルの話を、「乃木坂46」の「10福神」という、女性アイドルの顔面偏差値トップオブトップが歌うというところである。意味がわからない。シブすぎる。良すぎる。
しかもこんなあっけらかんとした曲調で。最高です。

登場人物が男しかいない(お店に連れて来てもらえなかった歴代彼女というエアーな登場人物はいるけど)、というレア曲なので、まさにMVがないのもこの曲の良さだよな、と思う。
といいつつ、この曲のMVを想像してみるのもまた楽しい。
わたしの脳内MVは、やや褪せた色味で歌詞まんま男二人(とマスター)の青春活劇なんだけど、最後に「僕」は大学前の雑踏で、髪を靡かせたセンター生田絵梨花さんとすれ違うの。それだけ。

妄想MVはともかく、行間の読みがいがある(いろんな意味で)、とても楽しく素晴らしい曲です。

 

当たり障りのない話

17th「インフルエンサー」収録曲。
これ、めちゃめちゃスルメ曲かつ、嵌まれるか嵌れないかは聴く人の生い立ち次第(笑)な面白い曲。
「商店街の本屋で、昔好きだった人と再会したけど、連絡先も聞けないまま、当たり障りのない話だけして別れました」内容としてはこれだけ。
これだけの内容だけれど、康お得意の「超具体的描写戦法」であれよあれよと言う間に一曲に仕上がっている、という不思議。
「二人はスマホを手にはしたけれど LINEを教えあうこともないまま」という歌詞があり、「久しぶりに再会した友達とはLINEを交換していない」というフレーズにダイレクトアタックされるのは最低でもaround25くらいからなのかなあ、というような気もして、なんとなく大人向けの楽曲かもしれない。乃木坂ファン層って意外と若いので、LINEネイティブの高校生とかがこれを聴いてどう思うのかはすごく興味がある。
わたしもだけど、「大人への近道」とか、「制服を脱いでサヨナラを…」とかを聴きながら、こんな若い曲に感情移入ばっかしてていいのかなあと思ってしまう方、「サイレントマジョリティー」がどうにも対象年齢外に感じてしまう方向きの曲かもしれない。

 

 

 

 


以上9曲が昨今のマイベストオブ「MVないけど美味しい」乃木坂楽曲でした。本当はまだまだ大好きな曲いっぱいあるけど、また思い出したタイミングで纏められたらと思います。
この辺の曲はなかなかライブ映像が残りにくいのがとても悲しいので、4th、5thのBDLが一刻も早く円盤化されることを祈っている………!

 

2月のできごと

【宗教】
一般に、人間の力や自然の力を超えた存在を中心とする観念であり、また、その観念体系にもとづく教義、儀礼、施設、組織などをそなえた社会集団のことである。 *1


はてな記法というものを知ったうれしさで、思わず文頭にテーマを辞書(というかwiki)で引いたものをそのまま載せるという大学生のダメレポートの典型みたいなことをしてしまったが、こと2月は「宗教」というワードを軽率に口にしていた1か月であった。


発端は言わずもがなとある女優さんの一件だし、その是非についてこの場でどうこう言うつもりはないが、この件に関して「信仰をもつこと」そのものを悪く言う論があったのは少し残念だった。
というのも、自分の乃木ヲタとしてのスタンスはまさに宗教だと感じていたからである。


・・・とここから延々と「信仰をもつ」のは悪いことじゃないんだぞ!という話をしたいわけではなくて、推しているアイドルグループを教祖としがちな乃木ヲタが2月に出会ったもろもろについての感想です。でも気づいたら延々と宗教みたいな話をしている。
宗教って便利な言葉ですね。*2


【目次】

橋本奈々未さんの卒業

まあ今月はこれに尽きる。
10月の卒業発表から、一つずつ色々なことが最後になっていって、2月に入って怒涛の「最後」ラッシュだった。
最後の乃木中があって、SHOWROOMがあって、写真集が出て、ライブがあって(行けなかったけど)、SOLがあって、そして最後のモバメがきて。
わたしは橋本奈々未さんが本当に大好きだけれど、厳密に橋本推しというわけではなかった。生年月日が8日違いというところですごい親近感を感じていて、同い年だから御三家には特別な感慨があって、という程度の話だから、あんまり大騒ぎするのもなんか申し訳ないのですが、でもやっぱり寂しいし、昔の映像に奈々未さんを見つけると寂しくて胸が痛む。

ただ、奈々未さんは何回も設けられた「最後の機会」で、ヲタクに何回もメッセージを送ってくれた。
それはとてもシンプルで、言い回しは多少違っても、とにかくヲタに「幸せになってね」という文脈だった。
何度も言われるので、「またか」という気持ちもないではなかったし、「幸せになってね」という言葉の前には「私はいなくなるけど」というはっきりとした別離の決意みたいなものが透けていたと思うからなおさら寂しかったけど、何度も言われるとそれが呪文のようなパワーを帯びてくるから不思議だった。
「幸せになってね」という呪文。

アイドルの言葉ってすごいパワーがある。全てを許してくれたり、日々を生きる力になったり、人生の指針になったりする。アイドルに信仰心を持ってしまっているようなわたしのようなタイプのヲタクには特に。だから、最後にそんなたくさんの強い言葉を残して行ってくれた奈々未さんには本当に感謝している。

SOLのこの言葉とかもそうですね。
奈々未さんは本当にヲタクにやさしくて、それはアイドル目線の「ヲタク想い」とか、「女の子の気遣い」的なやさしさではなくて、同じ人間同士としてヲタク心理に気づいて寄り添ってくれるようなやさしさだったように思う。クリライでthreefold choiceを御三家でやってくれたことだったり、卒コンのセトリとかもそう。
そんなヲタクにやさしかった奈々未さんのことは忘れない。そして奈々未さんに貰った言葉どおり、ヲタクも幸せになります。

改めて、橋本奈々未さん、卒業おめでとうございます。
あなたにたくさんの明るい前途が待っていますように!


映画「沈黙 -サイレンス-」

熱くなりすぎたところでまた別の話。
高評価が色んなアカウントのTLで流れてきたので気になっていたところ、原作が遠藤周作と知りまして。
大学時代四国縦断旅行をしたときに、まだ免許持ってなかったから県ごとの移動は全部長距離バスだったんだけど、その時に友達が後ろの席で読みながら号泣していたのが遠藤周作だったなーと思いだして、俄然興味が出てきて観に行ったのがきっかけ。
映画館から出る頃に、友達が読んでいたのは「深い河」の方だったような気がしてきたけどまあいいや。面白かったので。

自分の興味関心だけでは絶対観に行かないタイプの映画で、これもまたテーマはど直球に「宗教」だった。良いタイミングで巡り会えたなと思う。

信長と秀吉の時代はキリスト教に寛容で、でも江戸幕府キリスト教を禁じて、最終的に鎖国になったんだよ~~という(いまじゃ「鎖国」も使わないらしいですね)、教科書の記述だけで理解したつもりになっていたんだなと思ったというか、映像作品として描かれて漸く「人の信仰心に踏み込むこと」の事の大きさを知るというか、とにかく己の想像力の欠如に気づかされる作品だった。これを100%信じるというのは勿論また違う話なんだけども。

大学で歴史学を専攻していたときも、教科書に出てくるレベルの派手な偉人の派手な仕事ぶりにばかり憧れていて、まあつまりそういう人々は権力者だったわけで、少数の権力者の下には権力を行使される大多数の人々がいたという事実が頭からスコーンと抜けてしまうのが悪い癖だったんだけど、改めてなんだかそういう歴史の流れを構成する大多数の人々の営みというものに思いを馳せることができてとても良かった。
(我ながら本筋からやや逸れた感想だなとは思う)

乃木ヲタおなじみの高山善廣さんにも会えるよ。

ミュージカル「ロミオとジュリエット

2/25昼公演。
そんな「沈黙-サイレンス-」を観た翌週だったので、ベースにやっぱり教会とか神父とかが出てきたり、台詞の端々から宗教色があったり「あ~キリスト教圏のお話なんだよな~」としみじみ感じてしまった。(小並感)
ジュリエットが始終ロザリオつけているのとか。

まあそれは置いといて、やっぱりミュージカルって楽しかったな~!



直近の出来事だからツイートを貼ってお茶を濁す。


ロミオ、ベンヴォーリオ、マーキューシオは御三家であり白西橋だった。





シリアスなシーンと、肩の力を抜いて笑えるように作られているシーンの落差がちょっと激しくて、そのへんはNACSの「悪童」とかが凄い好きな感じなのでちょっと入りこみ辛いところはあった。
あともともとの「ロミオとジュリエット」の演目(携帯電話の登場しないやつ)とかってあるのかな?ミュージカルど素人なので良く分からず申し訳ないですが、いつかまた観てみたいな。

そして生田絵梨花さんはやっぱり圧倒的ヒロインだったし、ロミオの大野さんもものすごい主人公オーラで、舞台の上で主役二人がキラキラ輝いていたのが印象的だった。
パフォーマンス的にはママ二人に喰われ気味かな?と思ったけど(あとあと調べたら宝塚の方だったのでそりゃそうだという感じ)、でもあの主人公オーラは格別だった。あとグッズが可愛かったので最高。

翌日は京都に行ったので江戸初期に建てられた某寺に参詣してまた沈黙を反芻きながら橋本さんの幸せも祈願するという。そうですミーハーだとも。

レミゼはせっかくなので帝劇に観に行きます。楽しみだな〜〜

余談

橋本奈々未さんより8日だけ早く24歳になりました。

そんな橋本さんの卒コンを皮切りに始まったバスラ3days、演出などなど色々な試みがあったと聞いたし、メンバーもリハからとても大変そうだったけれど、そんな中でライブ中も毎日ブログを更新していたのが斎藤ちはるちゃんだった。


「二番煎じまではアリ」という言葉、何の気なしに呟いたけど、あとあと読み返して我ながら結構いいなと思った。
彼女のブログ毎日更新は記憶している限りでは北野が15thで選抜入りしたあたりから始まっていて、まあ北野の二番煎じだというのは誰の目にも明らかだった。二番煎じだという批判も多かったし、内容が云々とか、もう誰も読んでないとか、結構心無いことも言われている。正直概ね同意だったし私もあんまり読んでないけど、それでも北野の例を見て真っ先に飛びついて、事実今日にいたるまでそれを実行していることは評価されるべきだなと思った。
ブログを毎日更新するのが偉いんじゃなくて、真っ先に二番煎じを始めたことが偉い。
二番煎じである以上、彼女がこれをやり遂げたという理由で選抜入りできるかは普通に難しいだろうと思う(しそもそもブログだけが理由で北野が選抜復帰できたわけではない)けれど、それでもどうか完走した先にはなにか一つでも報われてほしい。
そして行動変革を示すためじゃなくて、もともと息をするように実行していた中田花奈さんが今報われていることも嬉しい。

「二番煎じまではアリ」、というポリシーで24歳頑張りたいと思う。


今日もアイドルから言葉をもらって生きています。

*1:みんな大好きwikipediaさんより

*2:ここで使っている宗教という言葉の定義は非常にふわふわしているのですが、「宗教の定義は宗教学者の数ほどもある(これもwikiからですが、孫引きなので良い子は真似しないでください)」とのことなので、そのまま押し切ります。