世の果てでは空と海が交じる
世界を変える魔法の呪文は、たった1文字なのかもしれない。
たった1文字。
声に出したところで、ほんの1秒もかからない。それでもそんな一瞬があって、わたしの世界は変わってしまった。
大好きなアイドルが、握手会で、今日「も」ありがとう、と言ってくれたのである。
「も」だ。
「も」がわたしの今日を、昨日までとは決定的に変えてしまった。
言うまでもないことだけれど、「今日も」とは、基本的には今日以前にも存在した事柄を前提にして使う言葉のはずだ。
つまり推しメンにとって、わたしは「はじめましてじゃない」人間になってしまったのである。
アイドルは握手会でとにかく大量のオタクと握手をする。推しメンのレーンもいつも大行列で、だから何度も握手会に行ってもいつも名もなきオタクAでいられた。名もなきオタクAとして、その日にオタクから最低でも100回は伝えられるだろう言葉を伝えるのがわたしの地味なポリシーだった。あの番組見たよ、とか、レコ大おめでとうとか。
ありがと~と笑ってくれるだけで幸せすぎるほど幸せだった。
だけど自分が握手する寸前、前の番のオタクと楽しそうに話す姿を見るのも同じくらい好きだった。特に、たくさん通っているであろう、仲良しのオタクが現れたことに「あ!」と喜ぶ笑顔。
名もなきオタクAであるわたしにも、同じように笑ってくれたら、とこれまで想像したことがなかったわけではない。それでも、オタクが大挙して一目会いたいと駆けつける、そんな偉大な存在に、一人の人間として認識されてしまうことが怖かった。
それでもとうとうその日が来た。
「も」である。
今日「も」ありがとう、という魔法の呪文。
とんでもないことだ。
とりかえしのつかないことをしてしまった。と思った。
でも同じくらい、それ以上に、ふるえるほどうれしかった。
あの一瞬の思い出だけで、きっとわたしはこれからの人生を生きていけるなあと思った。
長々と書いているが、もちろんこれは、推しメンにとってわたしが「見たことない奴A」から「見たことなくもない奴A」に変わったというだけの話だ。というかそもそもAですらない。Zのはるか向こうの、とにかく通し番号をつけるのもあほらしくなるくらいの山の中の一人である。依然として名もなき存在であることには変わりないし、名乗る予定もない。(し、大前提として推しに認識されているとかいないとかでオタクとして応援の仕方を変えるつもりもない)
それでもわたしの世界は昨日までとは全く違う。
なんというか、胸を張って生きていける人間になりたいと思ったのだ。
推しメンがたくさんの道なき道を切り拓いて、今日まで歩んできたことを知っている。推しメンの今の充実は、推しメンがたくさんたくさん努力して夢を叶えたからこそのものだ。推しメンが笑っていてくれることがオタクは嬉しいし、推しメンが幸せならオタクも幸せだ。
でも、オタクがどんなにアイドルと同じ夢を見たところで、アイドルと同じ人生を歩めるわけではない。自分の人生を歩むことが出来るのは自分だけで、自分が歩むことができるのもまた、自分の人生だけだ。
推しメンが幸せならオタクは幸せだけど、「推しメンが幸せであること」をそのまま自動で「自分の幸せ」にすることはできない。
だからこそ、推しメンが努力して推しメンの幸せを掴んだことにパワーをもらって、自分も自分の力で自分を幸せにしたいと思ったのである。
平たく言うと、わたしももっともっと仕事頑張って、たくさんお金稼いで、胸張ってもっともっと推しメンに会いに行くぞー!ということです。
自分との約束、って最も守りやすくて、そして最も破りやすいものだと思うので、大事な大事な握手会の思い出と一緒にここに記しておこうと思う。
次に会えるとしたらたぶん12月の握手会なのかな。
その時にもまだこの魔法が続いているかどうかは分からないけど、そんなことは全く関係なくて、ものすごいスピードで成長する推しメンの姿にパワーをもらって、背筋を伸ばして、自信を持ってまた会いに行けたらいいなと思う。
高山一実ちゃん、今日もありがとう。今日も「今日も」の「も」に救われてわたしは明日からも元気に生きていきます。たかやまさんの明日からも楽しい毎日でありますように!
— ま (@sinkin_ship) 2019年9月8日
今日もありがとう。明日からもありがとう。これからもずっと大好きです。