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fools rush in

@sinkin_shipのブログ

今、康と話したい「バスの話」がある

秋元康って、バス好きだよね。(笑)

 

 

という噂がまことしやかに囁かれているとかいないとか。

 

わたしも「あ~確かにバス良く出てくるよね~」くらいの感覚でいたけれど、 歌詞検索サイト「歌ネット」によると、「バス」という歌詞が含まれる曲のうち、48グループ(とその卒業生)・坂道の楽曲はなんと53曲あった。

(2017年4月現在。手動で数えたので見落としもあるかも)

 

そもそもグループ全体の楽曲数自体がめちゃめちゃ多いので、一概にこの数字をもってして尋常じゃないでしょ!?というにはやや弱いかもしれないけれど(愛とか恋とかのテーマには勿論負けるので)、それでも一人の作詞家が、同じモチーフを用いた曲がこれだけあるってちょっと面白い。

 

しかも何が面白いって、そうやって追いかけてみると、バスはバスでも様々なバスがあったり、その時々で違うものの象徴だったりすることである。

 

秋元アイドル楽曲のヲタクとしては、いつかご本人に作詞についての論を出版してほしいな、と常々思っているが、もしも実現するとしたら、確実に「バス」は一節として取り上げられると思う。いや取り上げてほしい。

いつか来るそんな機会を夢見つつ、今回は、その中から坂道楽曲に焦点を当てる形ではあるけれど、わたしなりに曲中で描かれているさまざまなバスについて考えてみたいと思います。

 

 

※ 楽曲の解釈はごくごく個人的なものであり、当たり前ですがこれが正解ではありません。行きすぎた妄想みたいなものとして読んでいただけると助かります。

 

【あまり参考にならない目次】

 

あのバスを追いかける

「君を乗せたバスを追いかける僕」的展開。秋元康楽曲の王道展開として有名だと思う(あの大声ダイヤモンドもそう)。

 実際に乃木坂楽曲の中でも「走れ!Bicycle」「ロマンスのスタート」がドンピシャでそれにあたる。2曲とも「好きな女の子を乗せたバスを自転車で追いかける」曲である。

 「恋=追いかけるもの」というありふれたテーマを、バスと自転車の追いかけっこにすることで物理的にもスケール大きく表現している、ということなのかもしれない。

 バスを自転車で追いかけても、当たり前だけど速度では敵わない。そして感情のベクトルの方向に関わらず、バスに乗っているのは女の子で、バスを追いかけるのは男の子で、というのがミソのような気がしている。

 いつだって女の子は先に行ってしまう。それはバスもだが、大人になるスピードも然りである。秋元康楽曲の王道にはさらに、バス以上に有名なんじゃないかと思われる「制服を脱ぎたい女の子」というテーマがあるが、こうして自転車で追いかけた先の好きな「君」も、「制服を脱ぎたい女の子」なのかもしれない。

 …とここまでいくと考えすぎのような気もするが、このようなテンプレートとも呼ぶべき「君を乗せたバスを追いかける僕」という同じ構図で描かれた2曲も、具体的な肉付けをされることで全く違う物語になるから面白い。

 「走れ!Bicycle」はサビの最後のフレーズ、「両想い」がまさに物語るように、得恋の曲。しかも厳密にいうなれば得恋3分前くらいの、最も甘酸っぱい瞬間の曲。「君」からの気持ちに気づかされる「僕」は、「ごめんね僕がよそ見してて」「寂しくさせてしまった」などなど、両想いの安心感があるにしてもやや気障で、ちょっと強気な主人公である。

 対して「ロマンスのスタート」は文字通りロマンスがスタートした瞬間、まんま恋の始まりを歌う曲。主人公は「追いついても何もできない」「純情が服を着たイケテナイ」という弱気な「僕」である。(後者の方が秋元楽曲でよく見かけるタイプだと思う)

 という2曲の物語の違いに注目して、改めてバスの動きを見てみたい。

 得恋のBicycleでは「君を乗せたバスがやっと着く」とあるように、「僕」はバスに追いつけている。それに比べて弱気な恋の始まりを描くロマスタでは、なんと歌いだしから「あのバスに引き離されて」に始まり、「遠ざかるバス」とくる。

 なんともバスは雄弁だなあと思う。

 

 

バスは人生という名の道を走る

 バスに乗って進んでいる道を「人生」に重ね合せる展開。乃木坂だと「環状六号線」がそう。

 バスに乗りながら進んでいる、「道を人生に例える」という表現方法は、すでに手垢がつきまくっている手法ではあるものの、それでもやはりそこは康節というべきか、ものすごく綺麗に一本筋の通った比喩が魅力的。

 バスに乗っているときの工事渋滞を恋の障害と重ね合せ、かつバスが進む道のりと人生を重ね合せる時の流れと、工事渋滞があった昔となくなった今、という時の流れの二つの軸が交差するさまが本当に綺麗。シンプルでコンパクトなのに美しい曲だなと思う。

 あと「山手通り(環状六号線)=いつも工事」という都会の人なら分かる「あるある」が敷かれているのがとてもよくて、この曲をナチュラルに「あるある」と受け止めながら聴くことのできる(できていた、かな)シティボーイ・シティガールが死ぬほど羨ましい。聖地巡礼したい。

 ちなみに山手通りの工事が終了したのはwiki先生によると2016年3月とのことだが、この曲が収録されたアルバム「それぞれの椅子」が発売されたのは2016年5月である。「スマホ」とか「LINE」というワードを、世間の流行からワンテンポくらい遅く歌詞に導入してくるのとは全然違うこの驚異のスピード感は、やはり旬な話題への敏感なアンテナか、それとも対象への深い愛のなせる技なのか、気になるところであります。

 それにしてもこの曲、2番の「時は流れていろいろあってちょっといい感じになった」という歌詞、ここだけえらく放り投げるなといつも思う。工事は10年以上?続いていたというし、果たしてこれってどれくらいのスパンの話なんでしょうね・・・

 

青春はバスの中

 ただシンプルに「乗り物としてのバス」として登場するパターンももちろんある。

 曲中の一部でバスが舞台になっているだけで、ストーリーにおけるバスの比重は高くない。いわばほぼ何も背負わされていないバス。乃木坂の「大人への近道」「ガールズルール」がそう。

 「大人への近道」は「通学のバスでよく会う人が気になっている」というストーリーが導入となり、あとは全編にわたってお得意の「制服を脱ぎたい女の子」というテーマが歌われている。また、「ガールズルール」も海岸線を進むバスは合宿所へ向かう…というストーリーから、やはりよくある「男子禁制」の世界観が歌われている。

 これといってバスが何かを象徴しているということはなさそうだが、「通学のバス」「合宿のバス」という具体的なシチュエーションを歌いだしに持ってくることで、「青春っぽさ」みたいなものはイメージしやすいのかもしれない。

また、乃木坂だと「ガールズルール」のみだけれど、「海岸線をバスは進む」のような「遠景のバス」というジャンルは多分48の方まで探しに行くと結構増えそうなので、また色んな曲を聴いてみたい。

余談ですが、先日関ジャムでいしわたり淳治さんが「制服のマネキン」のAメロについて、「遠景」「近景」の使い分けが綺麗で誰もが脳内で再現できる歌詞だ、というようなことを仰っていたが、これはガルルでも同じことが言えると思う。

「海岸線をバスは進む 空は高気圧」という遠景の描写に始まり、「部活のメンバーで思い出作りの合宿」という近景(バスの中)にぐっとカメラが入り込んでくる流れには惚れ惚れです。

 

乗るべきバス、乗ってはいけないバス

 「バスに乗る」ことが何かの象徴となっているケース。

 さっきの2曲とは違い、バスが割と大きめの宿命を背負わされている。

 例えば、乃木坂の「やさしさとは」はバスに乗り遅れてしまう曲である。バスには発車時刻があるので、当たり前だけど時間に間に合わなければ乗ることはできない。

 この曲は、一見「道端で洋梨を落とした彼女をちゃんと助けてあげられず、結果的にバスの時間に間に合わなかった」という物語のように見せかけて、実は本編は2番Bメロの「急に相談されたって〜」から始まる。つまり、傷心の彼女にうまく寄り添えず(あるいはつけ込めず)、結局恋を逃してしまったという物語なのである。

 ・・・という点を踏まえると、ここでは「バスに乗る」ということに「二人の関係が成就する」という意味が込められていることが分かる。まあバスにも乗れなかったし、結局何もできずに終わってしまった切ない話で終わっているのですが・・・

 この壮大な展開の割に話が動かない、というところは「サイコキネシスの可能性」に通ずるものがあるね………

 

 また、バスは乗り込んで動き出したら、もう自分の意思では戻れない乗り物であり、バスに乗り込むことは即ち不可逆の選択である。というようなところから、「バスに乗る」ことが「道を選ぶ」「決心する」ということの象徴となっているケースがある。

 欅坂「乗り遅れたバス」、乃木坂「行くあてのない僕たち」の2曲である。

「乗り遅れたバス」も文字通りバスに乗り遅れる話だが、ここにおける「バスに乗り遅れる」という展開が、欅坂46における長濱ねるの加入にまつわる顛末を指していることは明白である。つまり、「バスに乗る」ことが欅坂46スタートメンバーとしてグループに加入すること、即ち「選ぶべき(だった)道」を表している。

 それに対し、「行くあてのない僕たち」におけるバスは全く反対の意味をもつ。

「生まれた町を捨て 君の手引きながら偶然飛び乗ったこの夜行便」という1番Bメロが、この曲の全てを物語るといっても過言ではないが、ここではバスに乗り込むことが逆にアウトローへ踏み出すこととして描かれている。

 別に「乗り遅れたバス」も「行くあてのない僕たち」も、これといって革命的に新しいバスの使い方ではない(特に後者は「ベタだけどそこがイイ」的な逃避行モノである)。けれど、欅坂46乃木坂46からそれぞれ似たような時期にリリースされた楽曲が、「乗るべきバス」「乗ってはいけないバス」という、全く真逆のバスを描いているのは面白いなと思う。

 

おわりに

以上、坂道楽曲のうち「バス」の出てくる曲を拾ってみました。

バスの出てくる楽曲がたくさんあっても、当たり前だけど1つとして同じ曲はなくて、面白いなあと思いつつ、なぜこんなに「バス」なんだろうとも思う。

(まあなんか実は探してみると意外と「電車」も多かったのですが)

今回は坂道楽曲でしたが、まだまだ48の方を探しに行くとたくさんのバス曲があることも分かったので、これからもたくさんバス曲を聴いていきたい。

何か面白いバス曲情報があったら、いただけると嬉しいです。